栃木県立博物館で甲殻類の企画展が開かれるとのことで、フライヤーに一切ヨコエビが登場しないなど推されてない感は察しつつ、足を運んでみました。
栃木県立博物館といえば過去に「よろいを着けたおどけもの」や「節足動物の多様な世界」など、ヨコエビ的にイカした企画展をやってますね。期待するのは的外れでないはず、という打算的判断です。
2階の一番奥に位置する企画展会場をまず拝んでみます。まだ誰も来てない様子。一番乗りかしら。
圧倒的十脚類!これぞメジャー分類群の横暴!約15,000種の十脚目と、各10,000種の等脚目・端脚目、どの目も陸域から深海まで進出してるし、勢力にそれほど格差は(以下省略)
「日本に約600種類」はおかしい数字ではありませんが、ソースが分かりません。有山 (2022) による2021年までの集計に、2022年中に記載された17種と、今年1月に記載された1種 (Ariyama & Mori 2023) および新たに分布が報告された1種 (Kodama & Hemmi 2023) を加えると、開催初日である4月29日時点では 512種 となるでしょう。
栃木県に海はないので、海産ヨコエビの分類は驚くほど淡白、というか、かろうじてヨコエビとして同定されている程度。
しかし、栃木県内の記述に関しては面目躍如。去年新種も記載されたことですし (Shintani et al. 2022)、アツい話題なのは間違いないでしょう。確かにこれまでの解明状況は青森や神奈川などに及ばない部分もあるでしょうが、調査によりアゴトゲヨコエビを報告するなど本邦ヨコエビ相の知見を牽引しうる県だと思います。
他の分類群も、科とかのがっつりめの検索表が提供されています。ミジンコについては白旗を揚げてる感もありますが(タイトルに謳ってるのに)、等脚類はかなりの充実。しかもこれらは図録にしっかり収録されています。買わない選択肢はないです。
ヨコエビに割かれるリソースが少ないことは予見していましたが、陸域産と海産でこれほど差があるとは思ってませんでした。あと、展示内全ての分類群に学名併記がなく(隣接の菌類の展示は学名付き)、知見が固まった十脚ベースの設計であることが覗えます。まあ、「ヒメハマトビムシ」と手書きされた標本にうっかり四半世紀前の学名が添えられていようものなら、その場でキュレーターを呼ばざるを得ない可能性もあるので、ある意味正しい対応なのですが…。図録も、メスとはいえ科レベルの分類を見送るべきとは思えない海産種の同定が全く行われておらず、甲殻類の多様さ・奥深さみたいなテーマを掲げたわりに踏み込みが浅く、物足りなさを感じます。
図録の掲載ヨコエビは茨城・千葉の出現種を念頭に写真を見る限り、
・Ampithoe cf. changbaensis
・Thorlaksonius sp.
・Ampithoe sp.
・Elasmopus sp.(どうせ未記載)
・Ampithoe cf. shimizuensis
くらいのことは言えると思います。
テーマに沿って集められた大量の十脚類標本の物量には圧倒されるものがあります。解説はやや散らかり気味にも思えますが、甲殻類の基礎情報に触れることができ、楽しみ方を見つけられることでしょう。古文書における日本最古の甲殻類の記録や、室町時代に描かれた掛け軸については修復作業の過程を含めた展示など、人文的アプローチに関してとても意欲的に感じられました。
5月の大潮に合わせて茨城某所の磯で観察会が開かれるとのことで、既にキャンセル待ちの状況らしいす。内陸県民の海への憧憬にはどうしても凄まじいものが出てしまいます。井上 (2012) では茨城の沿岸からかなりのヨコエビが報告されており、来月の会でそれらが適当にあしらわれるのは残念ではありますが、栃木県博がいずれ海産種に多少のやる気を出してくれる日が訪れることを祈るばかりです。
<参考文献>
— 有山啓之 2022. 『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. [ISBN: 9784303800611]
— 井上久夫 2012. 茨城県の海産小型甲殻類 III. ヨコエビ相(端脚目,ヨコエビ亜目). 茨城生物, 32: 9–16.
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